「肩書き」を捨てれば人生がもっと楽になる!【ステータス撲滅論】 

皆さんこんにちは。

今回は『「肩書き」を捨てれば人生がもっと楽になる!【ステータス撲滅論】』と題しまして、人生をもっと楽に生きるための考え方について、お話ししていきたいと思います。

「肩書き」というものを捨てることによって、歪んだ価値観の縛りから解放され、常に自然体でいることが可能になります。

そして、結果として人生そのものを、より豊かなものとして享受することができるようになると思います。

「肩書き」にとらわれすぎていて、物の本質というものを見失ってしまっている人は、ぜひ最後までご覧ください。

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「肩書き」に縛られすぎている

まず初めに、「肩書き」というものについて、改めて定義を確認したいと思います。

「肩書き」とは社会的地位や身分、またはその状態を表す言葉であり、主に仕事上で使用される役職などのことを指します。

これらの「肩書き」は、我々の生活のいたるところに存在します。

そして、私たちは良くも悪くもそんな「肩書き」というものに左右されすぎているということが言えるのです。

世の中に蔓延する「肩書き」とは?

では実際にそういった「肩書き」による支配が、どのように生活の中に溶け込んでいるのでしょうか。

詳しく見ていきたいと思います。

生まれた時から「肩書き」の奴隷

まずもって、私たちが生まれた時点で、すでに「肩書き」の支配下に置かれているという事実が確認できます。

「人種」「性別」「国籍」「家族構成」「両親のステータス」「家柄」「地域柄」といった具合に、この世に生を受けた時点で、ある程度の身分というものが決定されてしまっています。

これらの基本要項も、言ってしまえばある種の「肩書き」であり、自らの存在の承認要素であると同時に、自身の存在を限定する枷となってしまっているのです。

そして、人生を歩んでいく中でも、「学歴」「職歴」といった経歴や「結婚」「出産」などのイベントにより、数々の新しい「肩書き」を獲得して行くことになります。

物質主義への盲信

また、「肩書き」とは一見形の見えないもののように感じるかもしれませんが、物やサービスを消費するという行為によっても手にすることができます。

例えば「時計は男のステータス」という標語染みたものも存在するように、ブランド品や高級品を占有することによっても、ある意味では「肩書き」というものを手にすることができるのです。

つまりは、お金というツールによって、「肩書き」を買うことができるということです。

このように、私たちの生活には常に「肩書き」というものが存在し、それらの支配の上で社会が成り立っているといっても過言ではないのです。

なぜ人は「肩書き」に固執するのか

しかしながらそもそもなぜ人は「肩書き」というものに固執するのでしょうか。

「肩書き」というものに頼らなければならない絶対的な理由とは何なのでしょうか。

その答えとしては、次のようなものが導き出されます。

アイデンティティの確立

まず第一に、アイデンティティの確立のためということが挙げられるでしょう。

アイデンティティとは、自分がいったい何者であるかを定義づけることであり、仮にその定義づけが曖昧な物であれば、大きな不安を感じるようになっています。

だからこそ手っ取り早く自己を定義づけるために、「肩書き」というものを利用して、必死に取り繕うとしていることが考えられます。

商業プロパガンダ

また、商業プロパガンダによって、理想の「肩書き」というものを植え付けられていることも、可能性としては大いにあり得ます。

本来人それぞれ価値観は違うのが当たり前ですが、それではニーズがばらけてしまってビジネスが展開しにくいです。

よって大衆に理想の「肩書き」という共通認識を植え付けることによって、価値観の統合を図り、市場規模の大きなビジネスを展開しようという魂胆が見えます。

「肩書き」を捨てれば人生がもっと楽になる!

ここまで「肩書き」というものを悪として記述してきましたが、果たして本当に完全な悪だと言えるのでしょうか。

確かに「肩書き」というものはまやかしの存在であり、大衆を騙すためのツールであるともとらえられますが、

一方でうまく使うことができれば、人の世を渡り歩いていくうえでこれほど便利なものはないとも言えます。

「肩書き」というものを完全に捨ててしまったとしたら、一体どのような変化が見て取れるのか、次いで見ていきましょう。

「肩書き」を捨てたら何が残る?

「肩書き」を捨てた場合の一番のメリットは、生きていくうえでの楽さ加減が半端じゃないということでしょう。

繰り返しになりますが、「肩書き」とはすなわち枷です。

自己表現のための手段であるはずなのに、いつの間にか「肩書き」に支配されていくようになります。

わざわざ自分を縛りつけるものを、必死こいて寄せ集めているのです。

もしこれらの縛りをすべて解き放つことができた場合を想像してみてください。

人生経験が豊富な人ほど、積み重なった枷から解放されたときの快感は、想像を絶するものになることでしょう。

また、こうして肩の荷が下りることによって、それまでの穿ったものの見方からも解放されるようになります。

フラットなものの見方ができるようになり、他人の価値観に踊らされず、自分の価値観で判断できるようになります。

これはすなわち、物の本当の価値が見えてくるということです。

そうしてはじめて本当の意味での自由を手にすることが可能になるでしょう。

結論:人生に「肩書き」は不要

今回の記事の結論として、「肩書き」なんか捨ててもっと気楽に生きていった方が人生何倍も楽しい、真に思慮深く生きることができるということが言えます。

仮に「肩書き」というものを自分の思い通りのものにしようとしても、きりがなくなってしまうので、

そんなことに貴重な時間を使うぐらいなら、もっと自分が本当に大切なものに熱を注いだ方が、人生を振り返ったときにより豊かなものになると思います。

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