頑張ったらダメ!見返りを求めるのは危険!目指すはいい意味で“適当”

「よし!今日も一日頑張るぞ!」

「○○君ファイト!頑張れ!」

仕事や勉強、普段の生活において耳にすることが多いこの言葉。

“頑張る”。

もうこの言葉、禁止にしませんか…?

私自身、今まで何度この言葉に心を弄ばれてきたのか数え切れません。

頑張るという言葉は一見美しいように聞こえますが、その裏には恐ろしい秘密が隠されていました。

そこに気づいてしまった以上、もう愚直に「頑張る」などという言葉を垂れ流すことはできません。

仕事や勉強、普段の生活において、何か成し遂げたい目的があるのなら、

今すぐ「頑張る」という言葉を概念ごと封印するべきです。

そしてむやみに他人に対して「頑張れ!」などといわないように心がけましょう。

目的達成に必要なのは“頑張り”ではなく“適当さ”です。

これからその言葉の真意をお話ししていきたいと思います。

ぜひとも最後までご覧ください。

~本文中に過激な発言がありますが演出上の都合なのであしからず。~

頑張ったらダメ!見返りを求めるのは危険!

「頑張る」は麻薬

「頑張る」という言葉に踊らされた経験がある人は少なくないはずです。

辛いときや苦しいとき、なぜそのような感情が生まれるのか考えたことはありますか?

それは心が危険信号を送ってくれているからです。

「これ以上無理すると体がもたないよ!」

「心に負荷がかかりすぎて壊れちゃうよ!」と。

しかしそんな忠告を無理やり振り切って自分自身の限界を超えさせてしまう魔法のような言葉があります。

それが「頑張る」です。

この言葉には正常な人の思考を狂わせる効果があります。

そうまるで麻薬のように…。

周りが見えなくなる

実際に頑張っているとき、人はその対象に夢中になっています。

自分が好きなことに対して夢中になっているのであれば、それは別に問題ありません。

しかし、何か大きな目的があってそれを達成する手段としての作業に夢中になってしまっている場合、かなりまずい状況だといえるでしょう。

「頑張る」という言葉の罠にかかってしまっています。

要するに、頑張ることと、成功することは違うということです。

そして成功するために必要なのは頑張ることではないということです。

わかりにくいかもしれませんが、この考え方が重要になってきます。

根を詰めるのは自己満足

そうして目的のために頑張るという行為を続けると、次第に頑張ること自体が目的になってきてしまいます。

目的のすり替わりです。

しかし当の本人は気づきません。

なぜなら夢中になっているからです。

ランナーズハイと一緒です。

頑張り続けるということが気持ちよくなってきてしまっているのです。

それはもはや目的達成の手段とは言えません。

目的もなくただ根を詰める作業は、ただの自己満足です。

見返りが欲しくなるのは当然

さらに都合の悪いことに、人間は頑張った分だけそれ相応の見返りを求めるという習性があります。

これが最も厄介です。

私が「頑張る」という言葉に危険性を感じている一番の要因はこの部分です。

頑張ってしまうと、この見返りを求めるという気持ちがセットになってついてきます。

しかし気持ちとは裏腹に、現実的に結果が伴ってくる確率は極めて低いものになります。

そうなってくると現実との差異にさらされた心は脆いものです。

「頑張る」という麻薬の効果が切れ始めます。

禁断症状の始まりです…。

待っているのは絶望

頑張れば頑張った分だけ、結果が伴わなかったとき、絶望感に打ちひしがれることになります。

当然の報いです。

甘い言葉に誘惑されて、本質を見失った結果です。

″頑張ることと、成功することは違うということです。そして成功するために必要なのは頑張ることではないということです。″

先ほどの言葉の意味がおわかりいただけたでしょうか?

本当に目的を果たしたいのであれば、「頑張る」という言葉に頼ってはいけなかったんです。

「じゃあどうすれば良かったの?」

「何が目的を果たすために必要なの?」

その答えは冒頭に戻ります。

キーワードは“適当”です。

目指すはいい意味で“適当”

「適当」は正義

目的達成の核となる考え方は、ずばり“適当”です。

適当と聞くと皆さんどのようなイメージを持つでしょうか?

「だらしない」

「覇気がない」

「怠けている」

といったようなネガティブなイメージでしょうか?

もしそうならそれは大きな誤解です。

“適当”という言葉の真意とは“適切に当てはまっている”ということです。

「頑張る」という言葉が過剰なエネルギーを生み出すものならば、

「適当」という言葉は無駄を省き真に必要なエネルギーだけを効率的に生み出すものになります。

明確な目的があり、かつ確実にそれを成し遂げたい場合にはこちらの言葉の真意こそが正義となるのです。

冷静に対処できる

無駄なエネルギーを省くということは、目的に取り掛かる場合でも余計な熱を持たずに済み、一歩引いた冷静な観点から見極めることができるということです。

目的達成には冷静な目線や判断力は必要不可欠です。

仮に失敗した場合でも、単なる一つの結果として受け止めることができ、次につながる策を瞬時に張り巡らせることが可能になります。

最初から冷めているのだから、思考や感情をクールダウンさせる手間がかからないのです。

余計な力は抜いたほうが良い

そして、物事の成功には案外脱力状態の方が適しているということも言えるでしょう。

適当であれば、必要最低限の力しか加えません。

だからこそ本当に力を加えるべき個所を見極めようとするのです。

その結果、頑張って肩に力が入っていた時には見つけられなかった部分に注力することができ成功を収めることができるのです。

よく「肩の力を抜いて」といわれるでしょう?

「適当」という言葉はそんなあなたにぴったりな言葉だといえます。

大切なことほど適当にこなせ

そしていよいよ目的が達成されると予想される段階まで来たとしても、焦りは禁物です。

最後まで適当にいきましょう。

大切な場面、ここ一番の時にこそ、この言葉を思い出しましょう。

自分の中で最重要事項ほど、適当に取り掛かることが重要視されます。

ここまでくればもう一歩、振り返ってみると案外淡々と事が進んだように感じるかもしれません。

余計な力がかからなかったから体と思われます。

まさに「適当」様様です。

待っているのは安寧

「適当にこなしちゃったら感動も味わえないんじゃないの?」

とおっしゃる方。

その通りです。

頑張って何かを成し遂げた時とは比べ物にならないほどあっさりしています。

しかし、私はそれで結構です。

感動を得ることが目的ではありません。

目的を果たすことが目的なんです。

熱いこみ上げるものなんかくそくらえです。

ここまで読んで読んでくださった皆さんが、どちらを優先するかはぶっちゃけ皆さんの自由です。

しかし、今まで「頑張る」という言葉に弄ばれ続けて、

結果何も成し遂げることができなかった方は、ぜひこの

「適当さ」を人生の指針として掲げてみてください。

そこには本当の安寧が待っているかもしれません…。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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