社畜のなにがいけないの?【今すぐ社畜から脱却しなきゃヤバい理由】

いきなりですが皆さん″社畜”という言葉をご存じですか?

おそらくほとんどの皆さんは周知のワードだと思います。

それもマイナスの意味での言葉として認識していることと存じます。

社畜という言葉から連想するのは、

“会社の飼い犬”

“労働奴隷”

などといった、おどろおどろしいものが大半を占めてくると思いますが(ちょっと言いすぎ)、

具体的にどのようなところがそのように言われる所以であり、またどのような面で、実害としてマイナスを被ってしまうのでしょうか。

これらについてふと疑問に思ったので、

今回の記事では「社畜になることの一体何がいけないことなのか」について、

多角的方面から深く掘り下げていきたいと思います。

この記事に目を通したあなたは、社畜という存在に対してよりいっそうの恐怖と、嫌悪感を抱
くことになるでしょう。

*若干の誇張表現あり!

【今すぐ社畜から脱却しなきゃヤバい理由】

それでは早速本題に入りたいと思います。

ですが今回の記事では社畜のデメリットについてなるべくわかりやすくお伝えしたいので、

まず社畜の定義とは何なのか、

そして社畜の思考回路から、

早期脱出を図らなければ取り返しがつかなくなる理由について

順を追ってお話ししていきたいと思います。

社畜の一般的な定義

社畜とは「会社+家畜」から成る造語であり、会社に飼いならされ奴隷と化した労働者を揶揄する目的で使われます。サービス残業や休日出勤が十八番であり、過度な労働を強いられることにより正常な判断能力を奪われ、死ぬまで働く「過労死」なる惨状を生み出した諸悪の根源でもあります。生息地は主に日本です。

社畜の負の思考回路

社畜の定義が大まかに理解できたところで、次に社畜の頭の中はどのような構成になっているのかについて考察していきたいと思います。

これを読めばなぜ社畜がヤバいのかということがより明確にイメージできることと思います。

level1:否が応でも仕事第一

まずは初期状態の社畜の思考回路として、否が応でも仕事のことしか考えられなくなるということが言えます。

これはいい意味でも悪い意味でも、日々押し寄せとどまることを知らない激務の波にさらされることによって、仕事以外のことが手につかなくなることで起こりえる思考状態です。

この段階で離脱できれば一番理想ですが、変化を恐れそれに迎合しようと激務をこなし続けてしまうと、完全に働くことに取りつかれてしまうようになります。

仕事に没頭することに快感や情熱を見出すことができるのであればまだ救いがありますが(私はそれも異常だと思いますけど)、

心をだまして無理に慣れようと努力してしまうと、次の段階への入り口に突入してしまうのも、時間の問題だといえるでしょう。

level2:不満・怒り・爆発

その次の段階というのが、仕事のストレスが肉体と精神のキャパを超えることによって、積もり積もった不満や疲労が一気に暴発してしまう状態です。

こうなってくるともうそれまでの状況に甘んじているのは不可能だといってもいいでしょう。

ここでようやく転職や働き方の見直しというものに頭が切り替わってくれるようになります。

ここで一度フラストレーションを解放し自らを客観視できれば、そのまま正常な思考に戻ることができます。

しかし問題はそういった不満や疲労を我慢し続けてしまった場合です…。

level3:脳みそシャットダウン

現状に不満を抱きつつも、それに迎合しようと我慢し続けた結果、やがて脳は思考回路をストップします。

限界を迎えた脳みそは、考えることをやめてしまうのです。

これは、自らの命の危険を察知した脳の最後の防衛手段だといえます。

考えてしまうと、死んでしまう可能性があるからです。

また、周りの一切の情報を遮断してしまうため、自らの置かれている立場を相対的に理解することができないため、

周りの人間の助けや現状を打開する方法が身近にあったとしても、それを選ぶこと自体が難しくなってしまいます。

ここまでくると、思考回路云々よりも、精神や肉体に何かしらの病的症状が現れてもおかしくないといえるでしょう。

死ぬか、仕事を辞めるか、2つに1つの選択が迫られます。

level4:労働を美化しだす

そしていよいよこの段階に到達してしまうと、もうどうしようもありません。

死という最悪の選択は免れることができましたが、それでも現状を変えようとしなかった結果がこれです。

思考回路が完全に労働というものに洗脳されてしまいました。

労働を美しいもの、尊いものとしてあがめたたえることになるでしょう。

こうなってくるともはや抜け出すことは不可能です。

何の疑いもなく永遠に搾取され続け、あろうことかそんな現状に対して幸福感を得るようになってしまうのです。

学生時代体罰を受けた経験のある生徒が、大人になって振り返ったときに、

「あの頃○○先生に殴られたのも、今となってはいい経験だったなぁ…。」

などとのたまう様と同義です。

私たちの脳はつらい過去や不条理な現実を都合よく改変することが出来てしまうんです。

耐えられないなら耐えれるように脳の構造自体を変化させてしまうんです。

冷静に考えると異常なことですら、彼らにとっては享受すべき経験として認識されてしまうんです。

まぁ本人は幸せだと感じることができるので、ある意味おめでたい話なのかもしれませんが、

はたから見るとその様は非常に滑稽であり、到底理解したくもない気持ちの悪いカルト宗教染
みたものに映ることでしょう。

取り返しのつかないことになる前に…

いかがでしたか?ここまで読み進めた皆さんなら、社畜というものの恐ろしさやヤバさ、

また社畜からの脱却を図るならば、早期の対応が必要になってくる理由というものもお分かりになられたのではないでしょうか。

社畜という存在に身を投じているうちにどんどんその沼に引きずり込まれていくようにできているので、気づいた時にはもう遅い…なんてことになってしまいかねません。

そうならないためにも、今回の記事を読んで感じた社畜への恐怖や嫌悪の感情を深く胸に刻んでもらって、今後の自らのビジネスライフに活かしていっていただけたら幸いです。

―引っこ抜かれて、あなただけについて行く 今日も運ぶ、戦う、増える、そして食べられる―

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