見栄張るの止めませんか?【お金が貯まらないのは他人と関わるから】

今回はお金の悩みに対するトピックです。

どんなに節約に精を出しても、一向にお金が貯まる気配がないとお悩みの方に向けて、最も根本的で手っ取り早くお金を貯める方法についてお話ししていきたいと思います。

興味のある方はぜひ最後までご覧ください。

見栄張るの止めませんか?

結論として、見栄を張るのを止めるだけで、そこらの節約術なんかを遥かに凌駕するほどの結果を得ることができます。

お金がないと嘆きながらも消費することを止めようとしない、一体何がしたいのかわからない状況に陥っている方には、効果抜群の方法だと思われます。

「見栄なんて張っていない」と言い張られる方でも、よくよく考えてみると、必要のないものに多額の投資をしているケースも少なくありません。

そして、それらの原因は「見栄」からくる場合が多いのです。

具体的にそのあたりのことを掘り下げてみていきましょう。

この世は必要の無い物で溢れている

まず前提として世の中には、本当は必要のないものが溢れかえっています。

高級な時計や車、ブランド品に嗜好品など、本来生きることだけを目的とした場合には必要の無い物が、いたるところに存在しています。

もちろんこれらが存在する背景にはそれ相応の需要があるわけで、その需要の根源の大部分が、自己顕示欲や射幸心といった欲望に並んで、「見栄」というものにあるのです。

植え付けられた価値観

中身の無い物に付加価値が付けられるというのは、往々にしてあり得ることです。

そして、その価値を享受したいと思うことは、自然な願いなのかもしれません。

もしそれが自身にとって、本当に優先すべき欲求なら、何においてもそれを満たすことに奔走するのは何らかまいません。

しかし、問題はそうでない場合です。

実は気づかないうちにそういった物に対する価値観を、植え付けられている可能性があります。

自分の意志だと思っていても、それは他人によって形成された無意味な物にすぎないかもしれないのです。

見栄は身近に潜んでいる

例えば大手メーカーの化粧品や流行りの健康食品など。

これらは当人からすれば見栄でもなんでもなく、純粋な自分への必要投資のような位置づけにあるかもしれません。

でもよく考えてみてください。

もしその商品の存在を自分一人だけが知っていたとして、心の底から手に入れたいと願いますか?

本当は大して欲しくもないのに、大勢に周知されている、そのものの価値を共有できるという前提があるからこそ、それらに執着するだけではないですか?

このように、他者に対して優位に立てるという欲求によるとも気づかず、ものの価値を錯覚している可能性も、十分考えられます。

見栄という感情はそれほど自然に、私たちの身近に溶け込んでいるのです。

その節約、的外れかも?

上記のような場合、いくら節約しても、自らが知らず知らずのうちに生み出している大きな出費のせいで、いつまでたっても楽になった実感が得られないということになりかねません。

そうならないためにも、今一度自身の支出を見直し、他人に依らない物との向き合い方を考えてみる必要があるかもしれません。

お金が貯まらないのは他人と関わるから

そして、話はつながりますが、これらの「見栄」という感情の裏には、他人との関りが大きく影響しているということが明言できるでしょう。

次はそういった点について詳しく語っていきたいと思います。

見栄は他人と関わるから生まれる

お察しの通り、「見栄」の原因は他人との関りです。

他人とつながることによって、自分自身や物事を相対的に見るようになります。

そして、それらに優劣をつけようとした結果、見栄というものがうまれてしまうのです。

そこに本当は価値がなかったとしても、何とかして他人よりも優位に立つために、付加価値を作り出そうと必死になるのです。

もしこの世に自分一人だけだと想像してみてください。

その時に本来の物質的な価値が見えてくるというものです。

そうでなければそのほとんどはまやかしです。

無理に価値観の共有を図ろうとしたがために生じた、いびつな付加価値にすぎないのです。

相対的ではなく絶対的な価値観が大切

だからこそ、そういったまやかしに振り回されて無駄な消耗をしないためにも、

何かと比べることによる相対的な価値の見極めなんかよりも、

心の底から物の本質的な価値を見極めようとする、

ゆるぎない絶対的な価値観が大切になってくるのです。

それさえ持ち合わせることができれば、

時代や自身のおかれている経済的状況に左右されることなく、常に適切な判断が下せるようになることでしょう。

身の程にあった贅沢を

ここまで、他者との関りによって発生する、見栄による無駄な消耗についてお話ししてきましたが、これらは当然困窮した現状を打開したいという願望が前提にあっての話です。

とどのつまり言い換えるならば、いくら見栄を張って無意味な消費を続けようとも、それがマイナスに感じないほどのあまりあるプラスの収入があるのであれば、何ら問題はないということです。

逆に言えば、そのような経済的余裕がないのであれば、これほど無意味で厄介な消費活動は類を見ないということでもあります。

他人に依存しない、自らの欲求を満たすため(個人的な趣味や息抜きなど)に金銭を消費するのは、贅沢ではありますが、意味はあります。

しかし、見栄というものは尽きることなく、その実態はただのまやかしです。

できることならみなさんは、そんなまやかしに惑わされることなく、自分の人生においてもっと有意義なことに投資できるようになって下さい。

そうすれば、単に節約効果が見込めるだけでなく、人生というものがより豊かになることでしょう。

最後までご覧いただきまして誠にありがとうございました!

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