人生において重要なのは、圧倒的に予習より復習だった。(個人的メモ)

皆さんどうもこんばんは。

今回は個人的に書き留めておきたいトピックがあったので、忘れないうちに記していきたいと思います。

タイトルでもある通りかなり個人的な見解になるので、あまり情報的な価値は期待できないかもしれませんが、その辺はご了承ください。

もしかしたら、読む人によっては人生の何かしらのヒントになるかもしれません。

お時間がある方は、ぜひ最後までご覧ください!

人生において重要なのは、圧倒的に予習より復習だった。

予習はあくまでも想像に過ぎない

予習復習というものは、学校の勉強に限らず、人生における様々なイベントにおいても、自然な形で取り入れられていることと思います。

受験・就職・結婚など、それらの学習用法が活用される場面は多岐にわたります。

そこで筆者自身、今までの人生を振り返ってみましたが、結論として、なんとも予習ばかりを重点的に行ってきた人生だったなぁということが、鑑みられました。

時には到来する試練への不安から、時には今後迫り来るであろう危機に対しての予防策として、次から次へと訪れてくる新たな問題に直面するたびに、予習行為のみにいそしんできたことが思い起こされます。

しかしながら結果として、それらの予習が役に立ったことはありませんでした。

なぜなら、予習にかまけて、復習というものを完全にないがしろにしていたからです。

学校の授業であれば、次回の問題の範囲というのはあらかじめ予定されていて、予習した通りの問題がきちんと現れてくれます。

しかしながら現実ではそんな都合のいいことはありません。

皆さん周知の通り、現実の課題というものは予測できないのがほとんどです。

実際に完全に予想通り、計画通りの人生を歩むことができた人間など、存在しないのではないでしょうか。

それほど現実の人生における予習とは、あくまでも想像上の行為、机上の空論だということが確認できることでしょう。

後悔するわけではないですが、もし仮に筆者自身、過去の経験のうち予習よりも復習の方に力を入れていれば、もっと効率的に成長できただろうなとは今になって思います。

復習とは後悔を引きずることじゃない

人生における復習とはつまり、自分自身の過去の経験や体験から、学びを得る機会を獲得するということを指します。

自身の行動を振り返り、何が良かったのか、悪かったのか、またどこをどう改善すれば次回はもっとクオリティの高いものが生み出せるのか。

そういった己自信を顧みるという行為のことを広義として復習と定義づけることができるでしょう。

これは決して後悔や反省といった煽情的な類のものではありません。

そこに存在するのはことさら冷静な自己分析であり、必要なのは一つの経験から多くを学び取ることができる思慮深さです。

自分自身の失敗に対して、何の改善策も見出そうとせず、ただただ落ち込むだけというような行為は、復習として無駄なだけでなく、むしろ精神衛生上、次なるチャレンジを妨げるマイナスな行為になってしまうでしょう。

いくら自分自身の問題で、感情的な要素の印象が強かったとしても、あくまでも過去の体験は単なるノウハウとして取り扱いましょう。

復習とは感情を思い起こすのではなく、次なる成功の再現性を高めるために、それにともなって必要になってくるであろう情報を、データとして整理することにほかなりません。

よって、ここに慢心や後悔といったものは発生しないんだということを、心がけるようにすることが大切です。

成功しても失敗しても復習するべき

また、参考となるデータは多いに越したことはないので、過去の経験が成功体験だろうが失敗体験であろうが、同じように復習するということが重要だということが言えます。

一般的に復習というと、失敗したり、自分の中での不安要素の改善に向けて取り組むことを連想されるかもしれません。

しかし、実は失敗からだけではなく、成功からも学び取ることができることは多いのです。

失敗、成功、その両者から、次につながるヒントを見つけることができれば、その効力は何倍にも膨れ上がります。

また、それらの失敗談やサクセスストーリーなどの経験談は、自分自身のことでなくても有効だということが言えるでしょう。

たとえ他人の話であっても、素直で客観的なマインドさえあれば、自身の糧にするのは可能だということです。

巷にはそれらのビジネス書や自己啓発本というものがあふれかえっていますが、問題は自分に合うものに出会えるかどうかです。

どんなに素晴らしくても、自分が納得できない物には、信じて身を預けることはできないですもんね。

先駆者の経験から学び、成功へのヒントを得るというのは、往々にして期待できることでしょう。

しかしこうなってくると、これは復習というよりも予習という意味合いが強くなってくるかもしれませんが…。

予習も復習も本質的には同じ

そう考えると予習も復習も本質的には同じだということが言えるかもしれません。

どちらも自分の人生をより豊かに実りあるものにするための学習用法ですもんね。

「ぶっつけ本番、何でも体当たり」もしくは、「やって終わり、終わればあとは振り返りなんてしない」そんな方が筆者自身も含めて非常に多いのではないでしょうか。

しかし過去の経験を鑑みると、予習と復習はセットだということが答えなのかもしれません。

そういえばよくよく思い返してみれば、学校の先生に「予習と復習はセットでしましょうね」的なことを言われていたかもしれません。

まぁ実際その言葉にそこまで深い意味は内包されてはいないと思いますが(笑)

それに筆者は教師という存在が嫌いだったので、素直に言うことを聞こうと思った試しがありませんでしたから。

しかしながら、やはり好き嫌いはよくないですね。

人生をより豊かにすることを考えるのであれば、自分の好みにかかわらず、色んな物事から学び取ろうとする柔軟性が大切だということが、ようやっと理解できはじめてきました。

自分の好きな意見ばかりで周りを固めばかりでは、どうしても考え方が偏っていってしまいますもんね。

少し話はずれましたが、結論として、今回一番言いたかったのは、ついついないがしろになってしまう復習という行為に注力することによって、より効率的に自身の成長を促すことができるようになろうぜ!ってことです。

こんな自分勝手な記事でしたが、最後まで読んでくれた方、ありがとうございました!

少しでも誰かのお役に立てたでしょうか?

次からはまた実りのある内容にしていきますので、また次回の記事でお会いしましょう。

それでは!

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